禅昌寺
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宍戸忠彦歌碑 | |
![]() | 生もなく死もなく この身大君に ささけまつりて 我は征くなり 忠彦 作者の忠彦は大阪大学医学部卒業後、昭和19年10月グアム島又木山西方地区にて戦死。26歳、海軍軍医少佐でした。この辞世は出征のおり、黙って机の引き出しに入れていたものといわれています。 |
芭蕉 句碑 | |
![]() | 友まつと 見えず紅葉に ひとりかな 芭蕉 |
瓢水 句碑 | |
![]() | 本尊は 釈迦か阿弥陀か 紅葉かな 瓢水 |
伊藤博文 詩碑 | |
![]() | 聞道老僧移錫処延文遺跡尚存留満山紅葉無人稀風色蕭々古寺秋 博文 明治初年、伊藤博文が若くして初代兵庫県知事のころ、秋の一日この禅昌寺に観楓に来たときの作です。 |
露城 句碑 | |
![]() | 濃うすき もみぢはいづれ 寺の塵 露城 |
一山米翁 歌碑 | |
![]() | 神撫の山のふもとの きりはれて いくとせあきぬ にしきなりけり 一山米翁 板宿の旧家・武貞米太郎作で、孫の利隆により碑が建てられました。 |
雀の子 歌碑 | |
![]() | 雀の子 ひとつ踏んでは 親をみる |
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