須磨観光施設協議会

文字サイズ変更 縮小 元に戻す 拡大
知る 楽しむ みる 行く Q&A トップページ

板宿周辺

ホーム >  観光スポット >  エリア別 >  板宿周辺
上のカテゴリへ地図表示
並び替え|タイトル |日時|ヒット数|現在の並び: タイトル (Z → A)
1 - 6 件目 ( 6 件中)   
證誠神社證誠神社
1506(永正3)年、紀州熊野権現を勧請して勝福寺の地主神としてまつったと伝えられています。 江戸時代には、大手、板宿、東須磨、野田、駒ケ林の総鎮守として栄え、聖霊(しょうりょう)権現(ごんげん)と呼ばれました。1871(明治4)年に祭神を五十猛(いそたけるの)命(みこと)とし、社名も今のものに改めました。一般に、「大手の権現さん」といわれています。
電話番号078-731-2743 (證誠神社)
住所神戸市須磨区権現町1丁目3-2
禅昌寺禅昌寺
境内の開山堂にぶらさがるひょうたんは「スズメのお宿」として知られています。紅葉寺とも呼ばれるとおり、広い参道わきの紅葉はすばらしく、周辺の景観等の調和は古来より有名です。 境内には、江戸時代の俳人芭蕉や滝瓢水(たきひょうすい)、伊藤博文等の文学碑があり、山門は江戸時代の彫刻職人、左甚五郎(ひだりじんごろう)作と伝えられています。
住所神戸市須磨区禅昌寺町2丁目5-1
百耕資料館百耕資料館
板宿地区の旧家である武井家が所蔵する歴史資料・美術資料を広く一般の人々に公開し、地域文化の継承と発展に寄与するため1987(昭和62)年に設立されました。名称は、多彩な業績を残した武井伊右衛門の雅号百耕にちなんで名付けられています。「板宿の歴史」を常設展示しているほか、春秋に企画展として歴史・美術の2本立てでテーマ展示を行なっています。
電話番号078-733-2381
住所神戸市須磨区板宿町2丁目2-1 育英幼稚園内
板宿八幡神社板宿八幡神社
菅原道真が九州の大宰府に左遷される途中、休まれた時の跡地に、武神八幡大神と道真を鎮守神としてまつったと伝えられています。境内には、道真を慕って京都から飛んできたといわれている大きな松「飛び松」の切株が残っています。 この社から西に続く丘陵は、飛び松にちなんで「飛び松岡」あるいは「松岡」と呼ばれていました。
住所神戸市須磨区板宿町3丁目15-25
子守神社(釿桐(おのきり)神社)子守神社(釿桐(おのきり)神社)
勝福寺と證誠神社の中間にあって、もとは陰堂(こもりどう)であったと考えられています。一般には子守神社と呼ばれており、赤ん坊の夜泣きを防ぐと信じられ、1907(明治40)年に旧大手村内の小祠(しょうし)を合祀した時、釿桐(おのきり)神社と名付けられました。阪神・淡路大震災により全壊しましたが、その後現地で建て替えられました。
電話番号078-731-2743(證誠神社)
住所神戸市須磨区大手町2丁目5
勝福寺勝福寺
988(永延2)年、太政大臣藤原伊尹(これただ)の三男、藤原英雄丸が勅命により、「証楽(しょうらく)上人(しょうにん)」と名を改め、高取山麓に庵を建て、鹿松峠(かのししまつとうげ)に出没していた鬼人を仏教の力で退散させた後に開いた寺といわれています。ここには、平清盛寄進と伝えられる国指定重要文化財である密教法具があります(閲覧は不可)。また、清盛の築島...
住所神戸市須磨区大手町9丁目1-1
1 - 6 件目 ( 6 件中)   
須磨観光施設協議会

すまぼう(c)2014 Kobe city No.14-016
知る 楽しむ みる 行く よくある質問
■歴史を知ろう ■観光スポット ■フォトギャラリー ■アクセス ■観光について
古代~近現代の須磨 エリアでさがす 須磨楽景   ■須磨海水浴場について
須磨の由来 目的でさがす 須磨海岸とっておきの1枚   ■宿泊施設
華麗なる須磨の近代史をたどる ■お知らせ ■映像で見る、須磨   ■アクセス方法  
伝統行事・民俗芸能 ■観光ガイド ■歳時記      
須磨区政の年表 観光ガイドマップ      
源氏物語と須磨 須磨楽店 おもてなし100店      
源平合戦と須磨 須磨のお土産物      
歴史を研究する 須磨楽歩でご案内      
■須磨のひと ■おすすめ!ウォーキングコース 区の花      
須磨楽人 数珠つなぎ ■すまぼうと一緒に須磨子ども旅 区の木      
■須磨観光施設協議会について ■須磨海水浴場ご利用ガイド        
  ■句碑・歌碑